わがまま気のまま海外観察JOURNAL(ハノイ編)

ベトナム・ハノイ在住Halca@Earthのブログ

ズコーッ!!!!

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昨日は、朝4時半に起きて5時半に家を出発し車で3時間ほどかけて(Bobさんが運転してくれて)魚の養殖場に行ってきましたウインク

次の仕事は魚の養殖場か肉工場だよ!とBobさんから言われてまして、魚の養殖場を見学しに行ったんです。

私としては、肉工場はあまり良くないと聞いていたので、魚の養殖場を見学し雰囲気が良さそうであれば養殖場に行こうと考えていました。

実際行ってみるとオーナーも優しそうだし、仕事も体力勝負かと思いきやかなりハイテクで(水質に異常があるとオーナーの携帯のアラームがなる等)住居&食費を提供してもらえるとの事だったので、「私にも出来そう!」と思い、気持ちをかためていました。

しかし

帰りの車の中、一緒に見学に来ていた世話役の日本人の方から衝撃的な事実を聞かされました。

直ぐに入れる予定だったのが、色々整備したいからという事で仕事開始が1カ月半以上先になる!

という事を帰り際にオーナーに言われたらしいです。

ズコーッexclamation ×2

Bobさん大慌て、私ともう一人日本人の女の子が行く予定でしたが、その子は1カ月養殖場で働いたのち別な場所に行く事が既に決まっていたので、予定変更となりました。

ハハハわーい(嬉しい顔)オージーらしくて笑えました(笑)
けど、そんなルーズさも私は好きです揺れるハート養殖場も行ったら楽しかったしるんるん

そんなわけで、私の方も肉工場か養殖場かの選択肢が「肉工場」のみとなりました。

ただ、私は「急いで来いと言われたのに向こうに行ったら無意味に待機になった」「日本人しかいないという事で、日本人の真面目な性格を利用してサービス残業が恐ろしくあり、ほぼ一日働かされる」「同じく日本人しかいないので、日本語しか使わず英語の勉強に全くならない」という話を聞いていたので肉工場に行くのは物凄く不安でした涙

まぁ、一人で不安がっていても始まらないので世話役の方にその事を話すと、聞いていた話と大分違いました冷や汗

私も直接肉工場に行った人から話を聞いたわけではなく伝言ゲームの様に伝わってきた事だったのですが、

「急いで来いと言われたのに向こうに行ったら無意味に待機になった」→→

肉工場へのバスは今いる場所から週に2回(火・木)しか走っていなく、それも8時間程かかるので少し早めに入らなければならない

+生肉を扱うので予防注射が必要で、打ってから3週間は様子を見なければならない

+機械なども扱う為、それなりに英語力が必要で英語のテストがあり、それにクリア出来なかった場合は3週間英語の勉強をしてまた英語のテストを受けクリアしなければならない。

「日本人しかいないという事で、日本人の真面目な性格を利用してサービス残業が恐ろしくあり、ほぼ一日働かされる」→→

700人程いる工場で、日本人しかいないわけがない!残業もあるけど労働基準は守られているし、残業は強制じゃないのできちんと断る事も出来る。

「同じく日本人しかいないので、日本語しか使わず英語の勉強に全くならない」→→

オーナーもオージーだし、何よりここはオーストラリアなのに英語使わないわけがない。それに宿泊先のオーナーの息子は先生で、英語を教えてくれる。

…との事でした。

本日2度目のズコーッexclamation ×2(笑)

オーストラリアに来て、何度か書くけど『日本人』との付き合い方を考えないとホント怖い!!!!って今回も思った。

やっぱり、言葉が通じるという事で日本人との方が仲良くなるのは早いけど、とにかく何にでも文句を言って愚痴言って「え…何しにオーストラリア来たの?日本と同じ様になんでもスムーズにいくわけないじゃん!」と思っちゃう様なネガティブな子や、海外に出ればなんでも上手くいくと思って全く何も考えず無知過ぎてマイドリームの中から出てこれない子。

もちろん、きちんと自分の将来を考えて目標に向かって進んでる子もいる。

今回の肉工場の一件は、肉工場に行った子から伝言的に伝わってきた話が100%間違ってるとは思わない。
多分正しい部分もあるし、伝言ゲームの間に聞いた人の主観も入ってると思う。

日本に居た頃より、海外に居るのに日本人との付き合い方を考えなきゃいけないとは…なんか不思議。

あとは、私がいかに流されず英語の勉強出来るか。日本人ばかりとつるまずオージーとコミュニケーションとれるかなんだろうな~。

私が日本に居たとして外国人が一人なら話しかけやすいけど、同じ国の人達で固まってたら怖くて話しかけようと思わないもんなぁ~

投稿者プロフィール

Halca@Earth
宮城県仙台市出身。ベトナム・ハノイ在住歴5年目。
通信制の大学で映像を学び、東京で4年間映像業界で働いていました。
2011年6月13日。
29歳にして夢だったオーストラリアにワーキングホリデーで行きました。
2013年6月13日。
ワーホリを終え、海外生活の楽しさを覚えた私は、今度はベトナム・ハノイで就職先を決め、現在も住んでいます。
2016年4月19日。
ベトナム・ハノイの情報サイト
ベトナム・ハノイ時々アジア情報マガジン|VIETHICH(ベティック) を開設しました。

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